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相談相手

ちょっとしたことを気軽に相談できる相手がいるのは、とても幸せなことです。

話しを聴いてもらっているうちに、自分の考えや気持ちが整理されるし、少しへこむようなことがあっても、そのうち気にならなくなってきます。

気分がすっきりして、前向きになれる感じがします。

これが「人に話しをする効果。ただじっと話しを聴いてもらう効果。」の一例だといえます。

悪い状態のときでも、特別、励ましの言葉やなぐさめの言葉はいりません。

ただ聴いてくれるだけでいい。

かえってアドバイスは邪魔に感じることも。

自分がどんどんしゃべっていくうちに整理され、いい感じになっていきます。

まさに自分勝手状態。

そんなわがままを受けとめてくれる相手はとても貴重です。

そういう人が身近にいる人は幸せです。

「周りにそういう人が見当たらない」とか「身近な人では話しにくい内容だ」という場合もあるでしょう。

そんなときにはプロのカウンセラーを利用するのもひとつの手だと思います。

マッサージ感覚でこまめに普段のストレスを吐き出したり、新たなアイデアを見出す道具として活用してみたり・・・。

今日の疲れやメンタル上のよくないものを明日に残さず、より元気な朝を迎える!

自分自身、会社の代表ですが、周りに弱みを見せられない会社の経営者には、そんな話し相手は絶対必要だよなあ、としみじみ感じる今日この頃です。


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期待とメンタル

期待していたことがダメだった、とわかると残念な気持ちになる。

期待が大きければ大きいほど、へこみ具合も大きくなる。

「いけるいけるぞ」とななめ45度で上昇していたら、地面に垂直に落っこちてくるような感じがある。

どうでもいいことなら、すぐ立ち直れるが、重要視していたことなんかだと、気分的に落ち込むこともある。

そうはいっても、他の人に比べれば自分の落ち込みなど大したことはないように感じる。

まっ、いっか。どうにかなるさ。とその日のうちには考えるようになることが常である。

もともと楽観的なのか、はたまたバカなのか。

これで得していることもあるし、見通しの甘さなどで損していることも多々あるように思う。

落ち込んだ気分を味わいたくなければ、究極的には何も期待しないことだと思う。

そうすれば期待が裏切られたとか、期待はずれだった、なんてショックを受けることはなくなる。

もしくは期待はしていても、起こったことが最良だと思えばいい。

期待通りでも期待はずれでも、起きてきたことがベストだと。

「人生万事塞翁が馬」の心境で。

すると、こころは乱されることはないだろう。

でも、それじゃあ、面白くないという気もする。

アップダウンがあるからこそ、人生楽しいような気もちょっとする。

まあ、いろいろな考え方があり、期待したり、落ち込んだりのあるドラマチックな人生こそ面白い!そんな生き方もいいように感じる。

腹を割る

「腹を割る」という言葉。

辞書によると、「いっさい隠しだてをしないで本心を打ち明ける。真意を明らかにする。」ということです。

昨日、仕事の打ち合わせでご一緒したお二人がまさにそんな感じで話をされていました。

うーん、すばらしいなあ、いい関係だなあ、と思いました。

この言葉、「一度、腹を割って、話をしよう」というような形で使われ、思っていること(腹の中にたまっているもの?)をすべて出して、ぶつけあった上で、お互いにとっていい方向を見出していきたい・・・。

そんな状況でよく出てくるフレーズだと思います。

でも、言葉でいうのは簡単ですが、これを実際にやるとなると、なかなか難しいように感じます。

まず、絶対条件としてお互いの信頼関係が出来ているかどうか、これが最大のポイントだと思います。

この人になら、本音をぶつけても大丈夫だ、受け止めてもらえる、という信頼感がなければ、とても思っていることを全部伝えるなんてことは出来ません。

何か伝えても、それをすべて否定されたり、怒られたり、関係を切られたりするのでは、いくら相手から、どんどん意見してと言われていても、当然何も言えません。

そして、最近はそういう関係が増えてきているようです。

友人同士でも遠慮がちで、決して一線を越えるような発言はしない。深いところには立ち入らない。

上司、部下の関係でも、お互い遠慮がちとなって、人対人の関係というよりは、あくまでもビジネス上の付き合いという感じになってきているように感じます。

友達でも仕事でも、何か言われた相手は、その関係をきっておしまい、ということも増えてきているようです。

そうすると、腹のなかに次第に悪いものがためこまれていって、ついにはメンタル不調へ、という流れもあるように感じます。

何でも言い合える信頼関係をつくる一番の方法は、やはり対話ではないかと思います。

対話をとおして、信頼関係をつくり、その上で思っていることを伝え合う。

言いたいことを言い合うと、ときにはケンカになったり、ムカムカしたりもしますが、他では得られない何かを得ることができるような気がします。

そういう関係はとても貴重だと思います。

自分にも何人かそういう仲間がいて、頭にもくるけれど、やっぱりありがたいなあ、と日々感謝しています。

聞き過ぎもよくない?

人の話を聞くことは、良好な人間関係をつくるひとつの強力な方法だといっていいと思います。

自分の話を親身になって、じっと聞いてくれる相手を「あいつはただ話を聞くだけだから嫌いだ」なんていう人はいないでしょう。

皆、自分の話がしたいし、話を聞いてくれる人を求めている、と思います。

話を聞いてくれる=理解して認めてくれている、大切に扱われている、などと感じられるからでしょう。

でも、とことん話を聞くことが、どんな場面でも絶対的に正しいか、というとそうでもないようです。

ある治療院の先生からこんなお話を聞きました。

「メンタル不調に陥っていた患者さんが毎日、治療にやってきていたが(身体の方で)、施術中にいろいろと話をしているうちにどんどん元気になっていった。でも、あるときから急に元気がなくなっていき、いまでは家でずっと休んでいるしかない状態になってしまった。変化のきっかけは、カウンセリングを受けたことらしい。」

この先生は、気さくで元気、明るくパワフルなお方で、患者さんにとても人気があります。

意識しているかどうかは別にして、先生のパワーをもらいに治療に来ている患者さんが多いように感じます。

口調はべらんめえ調で、ネガティブな空気を一気に追い払ってしまうような勢いがあります。

上記のメンタル不調の患者さんにも、ズバズバと思ったことを言っていたら、いつの間にか元気になっていた、ということでした。

きっと、暗い雰囲気を跳ね飛ばすようなポジティブ&パワフルな言葉をどんどんと浴びせかけたのでしょう。

それで、その人は元気になってしまった。

ところが、あるときカウンセリングを受けて一気に悪化してしまったといいます。

それはなぜか?

カウンセリングの基本は傾聴であると言われています。

とにかく、相手の話に耳を傾ける。

これはまずお互いの信頼関係をつくる上でも欠かせない、大切なことだと思います。

でも、過ぎるとよくないこともある。

たとえば、相手が「不安」という言葉を発したときに、それを相手が言った感じよりもさらに重く、深刻に「本当に不安ですよね~」なんて復唱したりすると、相手の不安感はさらに増して、気分も低下してくる、ということが考えられます。

まさに、負のループにはまる感じでしょうか。

そこを上記の先生のように、あっけらかんと「大丈夫、大丈夫、気にすんな!」なんて言われたら、その場ではすんなりと受け入れられなくても、どこかに安心感が生まれてくるような気がします。

類は友を呼ぶ、ではないですが、同じ波長のものが引き寄せ合うと言われていますから、重い話をしている人に重く対応していると相乗効果で重くなりまくるということが考えられます。

ある精神科医の先生もメンタル不調者にカウンセリングは逆効果、といったことを言われていました。(もちろん症状や程度によると思いますが)

ちょっとした心配事も、悲観的な人に相談したら「一時を争う深刻な事態」、楽観的な人に相談したら「笑っちゃえる事態」になるくらいの違いが出てくる気がします。

あとは同じ悲観的でも、自分よりかなりレベルが上の人を相談相手に選ぶといいかもしれません。

話をしているうちに、「いやそこまではあり得ないでしょう」、と相手の予想する最悪の事態と自分の考えるそれとのギャップに、かえって自分の状況を楽観的にとらえられるようになる可能性があります。

では、楽観的が必ずいいかというとこれもそんなことはいえないと思います。

やはり人のタイプや時と場合などいろいろな条件によって変わってくるでしょう。

何事も過ぎるのではなく、ほどほどがいいということでしょうか。


メンタルと怒り

メンタル面で調子が悪くなるには、やっぱり大抵の場合、何らかのきっかけとなるものがあります。

職場での様々なストレス - 仕事量、仕事の質、環境・・・。

数あるストレス要因の中で最大のものは、職場の人間関係だとされています。

年齢や性別、能力などいろいろな点で異なる人間が毎日同じ場所に集まって、効率や結果を求められる仕事をしていけば、当然問題も起きてくるでしょう。

時には理不尽な対応や納得できない行動を受けて、怒りを感じることもあるでしょう。

相手の何気ない一言で深く傷ついてしまうようなこともあるでしょう。

昔に比べて、いまは人間関係全体が希薄となり、仕事においても成果主義などが取り入れられるようになって、ストレスをためこみやすい状況になってきていますね。

メールという便利な連絡ツールも定着して、仕事上では特に、直接会って言葉を交わすコミュニケーションは減ってきているといえます。

ストレスの代表選手ともいえる、上司と部下のコミュニケーションをみても、以前といまの状況を比べると、以前のほうが何かあったとき、たとえば下のものが上に対して体当たりで、ものを言いやすいような状況があったように感じます。

普段は厳しくて非常にとっつきにくい上司でも、いざというときには腹を割って話せるような雰囲気がまだあったような気がします。

もちろん人にも、状況にもよりますが。

いまはお互いに遠慮して、たとえ怒りを感じても決して表に出さず、それを自分のなかで抑えつけてしまうがために、自分自身をどんどん痛めつけてしまっている、そんな状況が増えてきているように感じます。

抑えつけた怒りは自分の内部でどんどん腐敗し、頭の中で日に日に巨大化してモンスター化してくることがあるように思われます。

そうなると、今にも怒りを爆発させたいという思いと、決して表には出しちゃいけない、出せないという思いが戦って、自分自身が消耗してしまう、そんな流れになっているような気がします。

ですから、怒りを感じたときや何かがおかしいと感じたときは、自分で自分を痛めつけないために、時には思い切って吐き出してみることが大事だと思います。

もちろん、怒りの表現方法には注意を払わなければなりませんが、たまには「ふざけんな~」「いい加減にしろ~」と後先考えずにぶちまけてしまうのもいいような気がします。

ただ、普通はこれをやると職場にいられなくなる可能性が出てくると思いますから、言葉を選んで冷静に自分の意見を毅然として伝える、のが次善の策となるでしょうか。

これだけでもずいぶんと気分は変わってくるはずです。

相手に直接というのが難しければ、第三者に向かって思い切り吐き出すことです。

この場合は遠慮なしに、調子に乗ってすごい言葉を言っちゃったほうがいいです。

一度、ぶちまければ結構すっきりするものです。

通常はお茶やお酒を飲みにいって、同僚や友人にぶちまける、というのが多いでしょうか。

これもひとつの有効な方法だと思います。

ただ、アルコールが入ると勢いが出すぎて問題が生じることもあるので、ぜひしらふのときをおすすめします。

相手はいろいろとアドバイスをしてくれる友人よりも、ただじっと話を聴いてくれる寡黙タイプを選びましょう。

そんな友人を身近に持っている人は幸せだと思います。

ただ黙って話を聴いてくれる、これって出来そうでなかなか出来ないことですから。

ともかく、怒りは抑えることが絶対的に正しいわけではなく、時には表に出して、全部吐き出してしまうことも大切なもの。

感情にまかせてではなく、意識的に「さあ怒るぞ」といって怒る、そんな怒りならちょくちょく出しちゃってもいいと思います。
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Author:まるらっく
メンタル&キャリアカウンセラーのつぶやきです。

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